カテゴリー別アーカイブ: 遺産分割

相続分を主張することを希望しない相続人がいる場合②

② 遺産分割協議による解決

次に、遺産分割協議による解決が考えられます。

相続分を主張することを希望しない相続人がいる場合は、その相続人が一切の財産を取得しないとの内容の遺産分割協議を成立させ、相続財産の分割を完了してしまうことが考えられます。

ただ、遺産分割協議による解決についても、いくつかの注意点があります。

それは、遺産分割協議については、必ず、相続人全員の合意により行う必要があるという問題です。

このため、1人でも、遺産分割協議の内容に反対していたり、そもそも遺産分割協議を行うこと自体に同意しない相続人がいたりする場合には、遺産分割協議は成立せず、いつまでも問題が解決しないこととなってしまいます。

相続分を主張することを希望しない相続人がいたとしても、遺産分割協議の内容に同意しない相続人し、遺産分割協議が成立しない状態が続く限り、相続に巻き込まれ続けることとなってしまいます。

③ 相続分の譲渡、相続分の放棄

3つ目の方法として、相続分の譲渡、相続分の放棄という方法があります。

相続分を主張することを希望しない相続人は、相続分の譲渡、相続分の放棄を行うことにより、遺産分割の当事者から外れることができます(ただし、後述のとおり、手続との関係では留意すべき点があります)。

相続分の譲渡、相続分の放棄は、相続放棄と異なり、家庭裁判所での手続を経ることなく、行うことができます。

相続分を主張しない意思表示を明確にするため、何らかの書面(実印を押印し、印鑑証明書を添付した相続分譲渡証書、相続分放棄証書)を作成すべきところではありますが、家庭裁判所の手続を用いなかったとしても、こうした書類を有効に作成することができます。

また、遺産分割協議と異なり、相続人全員の意見が一致していなかったとしても、相続分を主張することを希望しない相続人が単独で相続分の譲渡、相続分の放棄の意思表示を行えば、遺産分割の当事者から外れることができます。

ある相続人が相続分の放棄、相続分の譲渡を行えば、あとは、残りの相続人で遺産分割等の手続を行うこともできます。

他方で、特に相続分の放棄については、留意すべき点があります。

相続分の放棄は、家庭裁判所で行う相続放棄とは異なり、公的機関の関与なく書類等の作成がなされるものであるため、相続分放棄証書を作成したものの、相続手続で用いることができないといった事態が生じることが起こり得ます。

特に、法務局は、相続登記(不動産の名義変更)において、相続分放棄証書をもって名義変更手続を行うことを認めていないため、相続分放棄証書を法務局に提出しても、相続登記の手続を完了することはできないこととなってしまいます。

登記手続に詳しくない弁護士に依頼すると、書類を作成し、署名、押印を得たため、問題が解決したと安心したものの、その書類では登記手続を行うことができず、書類を作成し直さなければならないといった事態が生じかねません。

問題を解決するためには、相続手続を完了することができるかどうかにも留意して、交渉や書類作成を行う必要があると言えます。

相続分を主張することを希望しない相続人がいる場合①

相続分を主張することを希望しない相続人がいる場合相続が発生すると、各相続人は、相続財産について、割合的な持分を有することとなります。

このような割合的な持分が、相続分になります。

ところで、相続人の中には、相続分を主張することを希望しない相続人がいる場合があります。

相続分を主張することを希望しなかったとしても、相続人である以上は、当然に遺産分割の当事者になってしまい、何らかの手続をとらない限り、相続に巻き込まれた状態が続くこととなります。

それでは、相続分を主張することを希望しない相続人がいる場合は、どのような手続を取れば良いのでしょうか?

ここでは、考えられる手続を説明したいと思います。

① 相続放棄による解決

まず、相続分を主張することを希望しない相続人が、家庭裁判所において、相続放棄を行うことが考えられます。

相続放棄を行うと、その人は、最初から相続人ではなかったこととなります。

ただ、相続放棄については、いくつかの注意点があります。

1つ目は、原則、相続が発生したことを知ってから3か月以内に、家庭裁判所で手続を行う必要があります。

このため、相続が発生したことを知ってから3か月が経過してしまっていると、基本的には、相続放棄ができないこととなります。

相続が発生してから時間が経ってしまっている場合は、別の手続を用いる必要があります。

2つ目は、相続放棄を行うにあたり、家庭裁判所に、様々な必要書類を提出したり、一定の手続を踏んだりする必要があります。

必要書類については、たとえば、被相続人との相続関係を明らかにする戸籍を提出する必要があり、被相続人が遠縁であったり、三重県以外に本籍地があったりすると、戸籍の取得にかなりの手間がかかってしまいます。

家庭裁判所の手続についても、1つでも手続を行っていただくことができなければ、相続放棄が受理されかねないこととなりかねません。

こうした手続上の手間は、相続放棄のデメリットであると思います。

3つ目は、相続放棄を行うと、別の人が相続人になる可能性があるという問題です。

たとえば、被相続人の子が相続放棄を行うと、被相続人の父母が相続人になってしまいます。

被相続人の父母が存命でなかったり、被相続人の父母も相続放棄を行ったりすると、被相続人の兄弟姉妹(兄弟姉妹が存命でない場合は、甥姪)が相続人になってしまいます。

このため、被相続人の子や父母が相続放棄を行う場合は、別の人が相続人になる可能性がないか、注意する必要があります。

新たに相続人になった人が交流の乏しい人だと、かえって、解決が遠のいてしまいかねません。

このように、家庭裁判所での相続放棄による解決については、一定の問題が生じる可能性があり、注意が必要です。

場合によっては、相続放棄による解決に適しないこともあります。

こうした手続選択を行うには、法的問題を網羅的に検討する必要がありますので、弁護士に相談した方が良いのではないかと思います。

全血兄弟と半血兄弟2

次の場合はどうでしょうか。

・ 甲と乙の間に、実子として、被相続人とAが生まれた。

・ 丙と丁の間に、実子として、Bが生まれた。

・ その後、Bが、甲と乙の養子となった。

この場合、Bは、法律上、甲と乙との間に親子関係が生じることとなります。

このため、被相続人とBは、ともに、甲と乙を共通の親とするの子であることとなりますので、全血兄弟になります。

したがって、被相続人が亡くなった場合の相続分は、Aが2分の1、Bが2分の1になります。

次の場合はどうでしょうか。

・ 甲と乙の間に、実子として、被相続人とAが生まれた。

・ 丙と丁の間に、実子として、Bが生まれた。

・ 乙が死亡した。

・ その後、Bが、甲の養子となった。

このような事例で、法務局の先例は以下のような判断を行っています。

この場合、Bは、法律上、甲との間だけ、親子関係が生じます。

このため、被相続人とBは、甲のみを共通の親とする子であることとなりますので、半血兄弟になります。

Bからみると、甲が唯一の養親となりますが、全血兄弟かどうかは、あくまでも、何名の親を共通とするかで判断されることとなります。

今回は、1名の親を共通とするのみですので、半月兄弟であることとなります。

したがって、被相続人が亡くなった場合の相続分は、Aが3分の2、Bが3分の1になります。

三重県で担当した案件でも、上記の2番目の事例が問題となったことがあります。

家庭裁判所と協議し、法務局の先例を踏まえ、半血兄弟であるとの前提で、調停に代わる審判がなされることとなりました。

全血兄弟と半血兄弟1

被相続人に子がいなかった場合で、父母も存命ではない場合には、被相続人の兄弟姉妹が相続人になります。

この場合は、被相続人の兄弟姉妹の相続分を算定する必要が出てきます。

このとき、被相続人の全血兄弟については、相続分は均等になりますが、半血兄弟については、相続分は全血兄弟の半分になります。

このため、被相続人の兄弟姉妹の相続分を算定するにあたっては、全血兄弟と半血兄弟の違いを正確に把握しておく必要があります。

全血兄弟は、被相続人と、父母のいずれもが同じである兄弟姉妹のことを言います。

他方、半血兄弟は、被相続人と、父母の片方だけが同じである兄弟姉妹のことを言います。

たとえば、次の場合を考えたいと思います。

・ 甲と乙の間に、実子として、被相続人とAとBが生まれた。

この場合、AもBも、被相続人と父母のいずれもが同じになりますので、AもBも全血兄弟になります。

このため、AとBの相続分は均等になり、1/2ずつになります。

それでは、次の場合はどうでしょうか。

・ 甲と乙の間に、実子として、被相続人とAが生まれた。

・ 甲と丙の間に、実子として、Bが生まれた。

この場合、Aは、被相続人と父母のいずれもが同じになり、全血兄弟になります。

Bは、被相続人と父母の片方だけが同じになりますので、半血兄弟になります。

このため、Bの相続分はAの相続分の半分になりますので、Aの相続分は2/3、Bの相続分は1/3になります。

このように、全血兄弟か半血兄弟かの判断は、通常は、迷わずに行うことができますが、中には、どちらに該当するか、弁護士であっても判断に迷う例があります。

次回は、判断に迷う例について説明したいと思います。

先行する相続について未分割遺産がある場合,その不動産に相続税は課税されるのでしょうか?―最終的な相続人が1人の場合

今回は、次のような事例を紹介したいと思います。

事例
家族関係は、父A、母B、子C
父Aが亡くなったが、父A名義の不動産が遺産分割されず、そのままになっていました。
その後、母Bが亡くなり、母Bについて相続税の申告を行う必要が生じました。
この場合、父A名義の不動産は、母Bについての相続税の課税対象となるのでしょうか?

最終的な相続人が複数である場合は、先行する相続の未分割遺産である父A名義の不動産について、遺産分割協議を行えば、母Bの相続税の課税対象から外すことができます。
ところが、今回の事例のように、最終的な相続人が1人の場合、次の問題が発生します。
父Aの相続人は、母Bが存命の間は母Bと子Cの2人でしたが、母Bが亡くなった後は、子Cの1人のみとなります。
そして、遺産分割協議は、複数の相続人で行うものになりますので、子C1人だけでは、遺産分割協議を行うことはできません。
このように、遺産分割協議を行うことができない以上、父A名義の不動産については、初めから、子Cが所有していたものと扱うことはできません。
以上から、母Bの相続税申告では、父A名義の不動産の相続分2分の1を、相続税の課税対象としなければならないこととなります。

このように、最終的な相続人が1人である場合には、先行する相続についての未分割遺産を、相続税の課税対象から外す手段はないということになります。
最終的な相続人が1人であるか複数であるかによって、相続税の課税対象が変わってしまうことは、不合理に感じるところではありますが、申告実務は、このような考え方を用いています。
過去に、この点が不合理であると主張して、税務訴訟を提起した弁護士もいましたが、裁判所は、このような主張を受け入れませんでした。

このような事態を避けるためには、母Bが存命であったうちに、母Bと子Cとで父Aの遺産分割協議を行い、子Cが父A名義の不動産を取得するとの遺産分割協議を成立させておいて方が良かったということになります。
このような遺産分割協議が成立すれば、父A名義の不動産は存在しなくなりますので、母Bの相続税の課税対象になることも避けられることとなります。
そして、このような遺産分割協議が成立した場合は、これを公的に明らかにするため、遅滞なく相続登記も行った方が良いでしょう。

先行する相続について未分割遺産がある場合,その不動産に相続税は課税されるのでしょうか?―最終的な相続人が複数の場合

先行する相続について遺産分割が完了せず、未分割遺産がそのままになっている状況で、次の相続が発生してしまったという事例は、時々発生します。
具体的には、次のような例が考えられます。

事例1
家族関係は、父A、母B、子C、子D
父Aが亡くなったが、父A名義の不動産が遺産分割されず、そのままになっていました。
その後、母Bが亡くなり、母Bについて相続税の申告を行う必要が生じました。
この場合、父A名義の不動産は、母Bについての相続税の課税対象となるのでしょうか?

事例2
家族関係は、祖父E、伯父F、父G、子H、子I
祖父Eが亡くなったが、祖父E名義の不動産を遺産分割されず、そのままになっていました。
その後、父Gが亡くなり、父Gについて相続税の申告を行う必要が生じました。
この場合、祖父E名義の不動産は、父Gについての相続税の課税対象となるのでしょうか?

結論としては、いずれの場合も、未分割遺産は,相続税の課税対象となります。
事例1ですと、母Bは、父A名義の不動産について、2分の1の相続分をもっていますので、父A名義の不動産の2分の1を、母Bの財産に含めて相続税申告を行う必要があります。
事例2ですと、父Gは、祖父E名義の不動産について、2分の1の相続分をもっていますので、祖父E名義の不動産の2分の1を、父Gの財産に含めて相続税申告を行う必要があります。

もっとも、未分割遺産について遺産分割協議を行うことが可能である場合は、上記の事態を避けることができます。
遺産分割協議が成立した場合、遺産分割がなされた財産は、初めから、その財産を取得した相続人が所有していたものと扱われます。
事例1の場合、父A名義の不動産について、子Cと子Dが遺産分割協議を行い、父Aから子Cが不動産を取得したものと合意することができれば、父A名義の不動産は、初めから、子Cが所有していたものと扱われます。
このため、母Bは、初めから、父A名義の不動産について、相続分を持っていなかったこととなります。
その結果、父A名義の不動産は、母Bの相続税の課税対象から外れることとなります。
事例2の場合、祖父E名義の不動産について、伯父Fと子Hと子Iが遺産分割協議を行い、祖父Eから伯父Fが不動産を取得したものと合意することができれば、祖父E名義の不動産は、初めから、伯父Fが所有していたものと扱われます。
このため、父Gは、初めから、祖父E名義の不動産について、相続分を持っていなかったこととなります。
その結果、祖父E名義の不動産は、父Gの相続税の課税対象から外れることとなります。

このように、先行する相続について未分割遺産がある場合は、未分割遺産について遺産分割協議を行い、相続税の課税対象から外すことを検討できる場合があります。
もっとも、申告期限までに未分割遺産についての遺産分割協議が成立しない場合には、未分割遺産を相続税の課税対象に含めて申告を行う必要があります。
したがって、未分割遺産を相続税の課税対象から外すことができる場合には、早めに未分割遺産についての遺産分割協議を試みた方が良いでしょう。

それでは、申告期限までに未分割遺産についての遺産分割協議を行うことが困難である場合は、どうすれば良いのでしょうか?
この場合は、一旦は、未分割遺産を相続税の課税対象に含めて相続税申告を行う必要がありますが、申告期限後に未分割遺産についての遺産分割協議が成立すれば、事後的に未分割遺産が相続税の課税対象から外れることとなりますので、更正の請求により相続税の還付を受けることができます。
ただし、更正の請求の期限は、未分割遺産についての遺産分割協議が成立してから4か月以内ですので、期限内に忘れずに手続を行う必要があります。
弁護士が遺産分割協議を行っている場合でも、遺産分割が成立した時点で、4か月以内に税理士に連絡を取り、更正の請求を行う手筈を整える必要がありますので、注意が必要です。

配偶者居住権(長期)の評価方法3

平成31年度の税制改正によって,配偶者居住権(長期)の評価方法については,かなりの部分が確定したものと思います。
税制改正の評価方法を用いれば,誰が計算したとしても,同じ計算結果になりますので,実務上の有用性は大きいと思います。

もっとも,平成31年度の税制改正によっても,実務上の取扱いが未確定の部分が残っています。
たとえば,以下の点は,未確定の問題として残っているように思います。

被相続人が亡くなり,相続人が配偶者,子A,子Bの3名である場合を考えたいと思います。
遺産は,被相続人の自宅の土地・建物(配偶者が居住),預貯金であったと仮定します。

このような事例で,子Aが土地・建物の所有権を取得し,配偶者が土地・建物の配偶者居住権(長期)を取得したとします。
相続税が課税される場合には,子Aは居住権が設定された土地・建物を取得したものと扱われ,配偶者は居住権を取得したものと扱われます。

ここで考えたいのは,さらに時が経過し,配偶者が亡くなった場合(二次相続に場合)にどうなるかということです。
配偶者が亡くなると,配偶者居住権(長期)は消滅し,子Aは土地・建物の完全な所有権を取得することとなります。
この点を捉えて,配偶者から子Aに対し,居住権に相当する利益の相続が生じたと扱い,相続税が課税されるかどうかについては,まだ明らかになっていません。

個人的には,配偶者居住権(長期)が二次相続でどのように扱われるかは,弁護士も注意を払わなければならない重要な問題だと思っています。
それは,仮に,二次相続で配偶者から子Aへの居住権に相当する利益の相続があったと扱われないとすると,以下のように,配偶者居住権(長期)を遺留分対策に利用できてしまうと思われるからです。

被相続人は,子Aにできるだけ多くの財産を相続させ,子Bからの遺留分侵害額請求をできる限り阻止したいと考えている。
そこで,被相続人は,配偶者に配偶者居住権(長期)を遺贈し,居住権の設定された土地・建物と預貯金を子Aに相続させるとの遺言を作成した。
また,被相続人の配偶者も,すべての財産を子Aに相続させるとの遺言を作成した。
 → 一次相続では,「(土地・建物-居住権)+預貯金」が子Bの遺留分算定の基礎となる。
 → 二次相続では,居住権は子Bの遺留分算定の基礎とならない。
 ⇒ トータルで見ると,居住権の評価額分については,子Bの遺留分算定の基礎となる財産から除外され,その分,子Bからの遺留分侵害額請求を阻止することができる。

このように,今回の改正は,遺留分侵害額請求にも影響を及ぼしかねないものだと思いますので,今後の税制改正も含め,今後の取扱いの変化を注視していく必要があるものと思います。

配偶者居住権(長期)の評価方法2

今回は,被相続人名義の建物に配偶者が居住しており,建物の底地も被相続人名義になっている事例を念頭に置いて,平成31年度税制改正の評価方法を紹介したいと思います。

最初に,居住権が設定された建物とその底地の評価方法は,以下のとおりとされています(居住権自体の評価方法よりも先に,居住権が設定された建物とその底地の評価方法を把握した方が分かりやすいように思います)。

1 土地
  土地の相続税評価額×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率(①)
2 建物
  建物の相続税評価額×{(残存耐用年数-居住権の存続年数)/残存耐用年数}×存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率(②)

土地についての考え方は,おおむね以下のとおりだと思います。
居住権が設定された土地を取得すると,その土地の所有権を得ることとなります。このため,計算の出発点は,「土地の相続税評価額」になります。
ただ,居住権が設定されているため,土地を取得した人が実際にその土地を使用することができるのは,居住権の存続年数が経過してからとなります。つまり,居住権が設定された土地を取得した人は,居住権の存続期間が経過した将来,土地の完全な権利を取得することができる地位をもっているに過ぎないということになります。このため,「存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率」を掛け算し,土地の評価額を減じることとなります。

なお,配偶者居住権(長期)の存続期間が終身の場合は,配偶者の平均余命を存続期間とします。

建物についての考え方も,土地についての考え方と共通しています。
ただ,建物については,老朽化しますので,一定期間が過ぎると経済的価値を著しく失うという違いがあります。このため,建物については,耐用年数を踏まえた調整が行われることとなり,「(残存耐用年数-居住権の存続年数)/残存耐用年数」を乗じる計算が行われることとなります。

建物の耐用年数については,減価償却計算で使用する法定耐用年数(住宅用)に1.5を掛け算し,築年数を引き算することにより算定されます。

存続期間が経過する前に耐用年数が経過してしまう場合は(つまり,残存耐用年数-居住権の存続年数がマイナスになる場合),居住権が設定された建物の評価額は0円になります。

次に,居住権の評価方法は,以下のとおりです。

1 土地
  土地の相続税評価額-上記①
2 建物
  建物の相続税評価額-上記②

つまり,居住権が設定された建物の評価額と居住権を足し算すると,建物全体の評価額と同じになるということです。
土地についても同様の考え方になります。

配偶者居住権(長期)は,相続法改正により設けられた新しい権利ですので,過去にベースとなり得る計算方法が存在しない権利です。
このため,遺産分割の事案,遺留分侵害額請求の事案で,居住権の鑑定評価を行う場合にも,平成31年度税制改正の評価方法が参照される可能性は大いにあるものと思います。
この点で,今回の税制改正の内容は,弁護士として担当する案件にも影響を及ぼす可能性があると思います。

配偶者居住権(長期)の評価方法1

平成31年度の税制改正で,相続税申告の際,配偶者居住権(長期)をどのように評価すべきかが明らかにされました。

配偶者居住権(長期)とは,相続法改正により,新たに認められるようになった権利です。
被相続人が配偶者とともに被相続人名義の建物で生活していた場合,被相続人が亡くなると,配偶者が住んでいる建物についても,遺産分割を行わなければならなくなります。
遺産分割の結果,配偶者が建物を取得できるのであれば問題はないのですが,配偶者が建物を取得できない場合には,配偶者は,これまで住んでいた建物から退去を求められる可能性があります。配偶者の今後の生活のことを考えると,このような事態は避けたいところです。
そこで,改正相続法は,新たに配偶者居住権(長期)を設け,配偶者が,終身または一定の期間,これまで住んでいた建物に居住する権利を主張できるようにしました。
配偶者居住権は,遺産分割(協議,調停,審判),遺言による定め(遺贈)により設定することができます。

このような配偶者居住権(長期)が設定された場合,居住権をどのように評価するか,居住権が設定された建物とその底地をどのように評価するかが問題となります。
居住権が設定された建物とその底地を取得した相続人は,配偶者が居住していますので,建物とその底地を自由に使用することができません。
このため,居住権が設定された建物とその底地については,一定程度減価して計算するのが妥当であると考えられます。
居住権自体も,建物の使用権を主張することができる強力な権利ですので,一定の財産的価値があるものとして評価すべきであると考えられます。

配偶者居住権(長期)の評価については,相続税申告の場面だけではなく,遺産分割の場面,遺留分侵害額請求の場面でも問題となり得ます。
かつては,改正相続法の立法担当者が評価方法についての一定の見解を示していましたが,立法担当者の評価方法は,土地の評価額への言及を欠いたものであり,いささか通用力を欠くと思われるものでした。
このため,個人的には,遺産分割の場面,遺留分侵害額請求の場面でも,平成31年度の税制改正の評価方法が参照される場面が多くなるのではないかと思われます。
このように,弁護士として活動するに当たっても,税制改正の内容を把握しておくべき場面はしばしばあります。

具体的な評価方法については,次回紹介したいと思います。

中間合意について

遺産分割の事案で,話し合いによる解決が難しい場合は,家庭裁判所の調停手続が用いられることがあります。
調停手続は,家庭裁判所において,調停委員を介し,当事者間での協議を行い,合意による解決を目指す手続です。
調停手続は,基本的には,当事者全員が合意をするまでは,調停が成立し,解決に至ることはありません。
 
遺産分割の事案では,争点が多数あり,解決に至るまでに長い期間が必要となるものがあります。
このような事案でも,当事者全員が合意するまでは,調停が成立したこととはなりませんが,調整しなければならない争点が多数あると,合意に向けた調整を行うだけでも,かなりの期間が必要となってしまいます。
 
このような事案では,最初からすべての争点の解決を図るのではなく,段階ごとに個々の争点について合意を行い,争点を絞っていくことが有効であることがあります。
争点が絞られれば,当事者間の調整が容易になり,調停成立までの道筋がスムーズになる可能性があります。
このような場合には,当事者は,個々の争点について中間合意を行い,これを家庭裁判所の調書に残すことにより,スムーズな解決を図ることが考えられます。
 
中間合意については,調停委員(または,関与している審判官(裁判官))の勧めによりなされることもあれば,一方当事者から調停委員に対して,中間合意の申出を行うこともあります。
中間合意が行われると,合意がなされた事項が家庭裁判所の調書に記載され,後日,審判官(裁判官)や当事者が確認することができる状態に置かれます。
 
このようにして中間合意がなされたとしても,調停成立には至らず,審判に移行することがあります。そして,審判に移行した段階で,中間合意について,後日,撤回したいと考える方が現れることがあります。
ただ,中間合意された事項については,基本的意識としては,撤回することができないと考えた方が良いでしょう。中間合意を撤回すると,審判官(裁判官)の印象が悪くなるでしょうし,中間合意された事項については,信義則上拘束力があるとされ,審判についても,中間合意を前提としてなされる可能性があります。
事情の変更や新たな証拠の発見等があれば話は違ってくるでしょうが,何らの状況の変化もないのに,一度合意したことを撤回することは避けるべきでしょう。
 
この点を踏まえると,中間合意については,慎重に判断して行うべきであるということになりそうです。
弁護士が代理人として活動する場合にも,合意の内容を慎重に検討した上で,合意を行うべき場面です。